〈ボストン滞在記〉6:海外に暮らすということ

ボストン滞在記

2014年3月から2015年3月までの1年間、

アメリカ東海岸のボストンにて、家族で生活していました。

価値観も文化も違う環境での生活の中からは

今までの「当たり前」を改めて考え直すような気づきが多くあり

その気づきを「ボストン滞在記」としてお伝えしていこうと考えています。

 

なお、ここでお伝えしていくエピソードは、私自身の見聞に過ぎず

アメリカ全国規模で見れば、一般的ではない事例もあるかもしれません。

 

あくまで、私自身の経験に過ぎないことと

お伝えしたいことは経験の中身ではなく、そこからの気づきや考察だということを

ご了解頂けたら有難いです。

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私は、帰国子女でした。

ただ、アジアの日本人学校に4年間通った私は

「英語はネイティブ同様だけど日本の文化や歴史への認識はとんちんかん」という

世間一般にイメージされる帰国子女像とは正反対で

そのステレオタイプへの小さな反感を持っていました。

 

英語も、現地の言葉も全く身についてはいない。

日本人ばかりのコミュニティで過ごし、海外らしい経験も思い当たらない。

せっかく海外で生活したのに、そこから何を得られたのかが自覚できなくて

そのことへの引け目が、「小さな反感」の正体だったかもしれません。

 

けれど、ボストンで生活していると

あれ、どうやら私の海外経験は、自分の中に活かされていたらしいと

ふと気づく場面が、しばしばありました。

 

それは、「日本と違う」「日本通りでない」「思った通りにいかない」ことに対して抵抗がないことでした。

日本では当たり前のことが通用しない時に、戸惑ったり不安になったりイライラしたりしない。

あるもののなかで、あるなりに送る生活に、不満がない。

環境の変化に、不安がない。

 

日本とは違う国で暮らした4年間で、知らずに培われたものは

与えられたものへの許容の広さだったのかもしれない、と

あの時から20年を経て、日本を離れて改めて気づきました。

 

そう思うと、1年間を日本を離れて過ごしたこどもたちが

何を自分の糧として持ち帰ってくれたのかは

まだまだ目に見えていないものの方が多いのかもしれません。

 

間違いなく言えることは、「英語が話せる」ことは

海外で暮らした成果としては、微々たるものだということ。

それよりも、世界には、英語やスペイン語やその他自分の知らない言葉が沢山あって

それぞれに魅力的だと、そんな風に思ってくれる方が嬉しい。

 

肌の色や、話す言葉や、好きな食べ物は違っても

お互いに恐竜が好きだから、恐竜仲間になれるし

サッカーが好きだから、一緒にグラウンドを走り回れる、って当たり前のことを

いつまでも当たり前って感じ続けられたらいいなぁ、って思うのです。

 

海外で暮らすことの意味は

今まで当たり前の環境を離れてみて

本当に大事にしたい価値観を得られることかもしれない、と思います。

でも、それに気づくのは、きっと、もっともっと先のおはなし。