すべり台のルール

おもちゃ

きっかけは、<あそびのじかん>facebookページ

「すべり台を うつぶせで すべる遊び」を 載したことでした。

こんな言葉を添えました。

ちがうよ、すべり台は
そっち向きにすべるんじゃないよ
・・・と
教えたくなっちゃうんですが。

本人にとっては、
違っていない。
こうやって、すべってみたい。
むしろ、こっち向きにすべれることが
勇者の証くらいに
思っているんだろうなぁ。

「正しい遊び方」という大人の視点を
ひょいと乗り越える
そんなこどもの自然体が好きです。

遊びに「正しい」なんてないよね。

大人が「こんな風に使うんだよね」って思う発想を乗り越えるところが

遊びの魅力だよね・・・そう思って書きました。

 

こどもはこんな風に遊ぶのかな、と思いながら

ワークショップの企画を考えても

大抵、私の想像を超えて遊ぶこどもへの

尊敬の気持ちもありました。


でも、「他の子がいると、やりにくい」というコメントを読んで、

もしや・・・と [すべり台 マナー]で検索をしてみたら

ママ達の議論は、かなり白熱していました。

 

白熱の原因は、「あそび」や「安全」や「ルールを教えること」などに対する

基本的な価値観の違いのようです。

こどもにルールやマナーを教えたり、

まだ年齢に達していない場合はケガをさせないように判断することが

親の大事な役割だと考えるか。

こどもの自由な発想は素晴らしく、尊重したいし

危ないかどうかの判断も、小さなケガをしながら学ぶものだと

こどもに全面的に委ねるか。

 

更に、我が子に対する考え方だけでは話は終わらず

周りのこどもに及ぼす影響もあり

周りのおとなからの視線もある。


 

おとなとこどもの向き合い方について

「たった1つの正解」なんてないと思っています。

人それぞれの価値観があり、考え方がある。

「たった1つの正解」を求めるから、

おとなも、こどもも、どこかに正解を探し求めて

自分にないものを数えるのだと、心配しています。

 

だから、この「すべり台のルール」についても

何か1つの答えを出そうとは思っていません。

 

ただ、「すべり台のマナー」という、ちょっとしたトピックでも

人によって、本当に様々な考え方があることが分かりました。

 

 

大事なことは、「様々な考え方があること」を

怖がらないことかもしれない、と思うのです。

「私はこう考える」

「あなたは、こう考える」

「違うけれど、それぞれに一理ある」

「じゃあ、この場で、こどもにどう伝えていこうか」

・・・ってことを

怖がらずに、話合えるおとな同士であればと思うのです。


社会の在り方が変わっている、と言われています。

決められた課題に正しい答えを出すだけではなく

自分で課題を見つけたり、今までにない解決法を試したりする

そういう姿が求められていくだろう、と言われています。

 

そんな姿をこどもに期待しているのだから

おとな同士だって、「私はこう考える。あの人とは違う。」

「私が正しいのか。あの人が正しいのか。」という二択ではなく

もっと沢山の選択肢を探したいなぁ、と思うのです。

こどもは、きっと、そんなおとなの姿から、

考え方を身に付けていくんじゃないかしら。

 

おとな同士が、一緒にこどもを育てていこうと共感し合い

それぞれの考え方を伝え合うこと。

そうやって、違う価値観と違う価値観との間で生まれる

新しい考え方って、今よりもずっと深くて強いものになると思うのです。

 

ちょっとした遊びの場面から

沢山の学びがあるなぁ、と感じるのでした。