足りないくらいが ちょうどいい

自分で決めてあそぶ

おもちゃは、足りないくらいがちょうどいい

・・・と言い続けてきましたが

足りないくらいがちょうどいいのは

おもちゃだけじゃないかもしれない、と思うようになりました。

 

こどもに良かれと思って、大人がお膳立てする

おけいこ事も

イベントへの参加も

旅行も

テレビも、映画も

みんな足りないくらいで

ちょうどいいんだなって

そんな風に思うようになってきたのです。

 

こどもに、ぜひ出会ってもらいたい、って思う

すてきな体験は沢山沢山あります。

より多くの体験と出会えるように

どんどん、そういう機会を作るのが良いこと、と

ずっと思っていました。

 

でも、大人がお膳立てして

準備してもらった時間だけで

こどもの1日・1週間・1ヶ月が

埋まっていくとしたら・・・

それがどんなにいい体験でも

やっぱり何かが足りない。

・・・そう、気づいたのです。

 

魅力的な体験との出会いは

もちろん、こどもの世界を拡げてくれるでしょう。

でも、何をしようか、とか、何をしたいか、とか

自分で考える習慣を持たず

いつもただ黙っていれば、

オモシロい体験がいつも提供される環境だけだと

その根底にある大事な経験が

すっぽり抜け落ちてしまうかもしれません。

 

それは、自分で選び、自分で決め、そして行動すること。

 

「今、この何をしてもいい時間を

どうやって過ごそうか」と、思いめぐらし

その子自身が「決める」時間を

奪ってはいけないと思うのです。

 

その時間の使い方は

必ずしも、大人の目からみて

意味がありそうには思えないかもしれません。

近くの公園で、変わらぬ遊びを繰り返すだけだったり

折り紙を適当に折っているだけだったり

ぼーっとしているだけだったり。

 

それでいいのです。

自分で決められることが尊くて、

中身の問題ではないと思うのです。

 

だから、親としての私自身への自戒も込めて。

「大人が整えるものは、

足りないくらいがちょうどいい」

2017年ご挨拶

 

日本語では、そんな風にわざとゆとりを持たせることのことも

あそび、って言いますよね。