最初の1人になる

沈丁花の花が咲いていました。

 

最初の一輪です。

 

1つだけ咲いている、という

それだけで、はっとしました。

 

何かを最初に始める人は、目立ちます。

良くも悪くも。

 

 

あまり目立たない方がいいよね、という意識が強いコミュニティの中にいると

何かを最初に始めることを、つい躊躇してしまいます。

 

でも、どんなことにも、最初のひとりがいる。

 

沈丁花も、きっとすぐに咲きそろい、

その時にはどれが最初の一輪だったかなんて

分からなくなっているのだと思います。

最初に始めることは勇気がいるけれど

そんな風に誰かが踏み出せば、いつしかそれが当たり前になります。

 

「あの人が第一人者」だと、称賛されるのはごく一部で

多くの場面での「最初のひとり」は、忘れられていくのかもしれません。

まるで、「ずっと前からそうだったんだよ」というように。

 

それでいいのだと思います。

 

「最初のひとり」になるのは人から称賛されるためではないから。

自分がそうしたいと思うことを実践する、それだけのことだと思うのです。

誰かから、称賛されることはなく

自分でも、殊更に誇示することはなくとも

きっとその一歩は、自分の中では、誇りを持ち続けるのだと思います。

 

自分に恥じない自分であること。

それが、最初の一輪の姿かな、と感じます。

 

 

最初に咲くことを、ためらわずにいたいと思うのでした。