〈子ども〉に関わることをずっと仕事にしてきた。
〈子ども〉に関わることは、その子どもたちの母親や父親に関わることとも同じで、実のところ、私は〈親子〉に関わることをずっと仕事にしてきたんだと思う。
私が、子どもに関わるようになったのは、高校生の時に「おもちゃライブラリー」と言う活動に、ボランティアとして参加したことがきっかけだった。
障害を持つ子も、そうでない子も、おもちゃを介して、一緒に遊ぼう、というコンセプトを持つ活動に、毎回必ず訪れる双子がいた。「自閉的傾向がある」と言われている双子だった。私は、毎回、そのうちの1人、いつも部屋を飛び出す子を追いかけて館内のあちらこちらで過ごし、もう1人は別の誰かが一緒に遊んでいた。
双子たちが遊んでいる間、お母さんは、「おもちゃライブラリー」の年配のスタッフさんたちと、話をしていた。2時間の間、ほとんどずっと部屋の外で過ごしていた私は、お母さんがスタッフさんと何を話していたのかは知らない。でも、今なら、あんな風に話ができる時間が、お母さんにとってどれだけ必要だったのか分かる。
就職してから、おもちゃメーカーで働き、キッザニアで働いた。子どもたちに喜んでもらいたいと思って仕事をしていたけれど、大人たちにも選んでもらわなくては、子どもの元には届かない。
キッザニア在籍中に自分も母になり、子どもの隣にいる大人たちが、それぞれに悩んでいたり、困っていたり、ちょっとした助けが嬉しかったり、分からないことがあったりする・・・ってことを実感した。その頃から、子どもと関わることと、親子と関わることは、私にとってどちらも大切なことになっていた。
その後、キッザニアの会社を退職し、フリーランスとして、子どもたちに関わるようになった。保育の世界も知った。体験イベントのような特別な時間を創る仕事にも関わったし、テーマパークや水族館や科学館のような、非日常のお出かけの場所の企画にも関わった。
そして、今、「子どもたちや、その保護者の人たちを支えたい、と思うなら、結局、地元に戻って来るのかもしれない。」と思うようになった。
水族館やキッザニアへのお出かけも楽しい、普段はできない体験も魅力的、でも、それを毎日毎日続ける訳ではない。何かしら困っている親子が、助けて欲しいと思うなら、その人たちが求めているのは、日々の生活や、自分の住む地元にある、手触りのあるサポートだと思う。
自分が住んで、毎日を過ごす日常生活のすぐ隣に、〈困った時にはいつでも助けるからね〉、って、いつも笑顔で子どものことを見守っている人がいる。・・・そういうことを何よりも大切にしたいと、思うようになった。
さて、自分の住むエリアの、顔が見え、手が届く親子たちと共に、これから私には何ができるだろうか。
そのことに、これから、新たに、少しワクワクしたいと思う。