大学を卒業して、最初に働き始めた「玩具メーカー」は、何というか、普通のおもちゃを作っている会社でした。
「普通の」というと、語弊があるかもしれませんが、何かの教育的メソッドに基づいていたり、手に入りにくい材料を使っていたり、1つ1つ手づくりだったりするようなおもちゃではない、という意味の「普通」です。おもちゃ屋さんやデパートで気軽に手に入る、大量生産のおもちゃを作っていました。
そういう玩具メーカーで仕事をしながら、正直に言えば、私はどこかで、「木や布の、心のこもったおもちゃの方が、いいおもちゃ」って思っている節がありました。何の根拠もありません。「なんとなく」です。
でも、この「なんとなく」って、ある一定数の保護者の方たちは、同じように感じているんじゃないかと思うのです。「子どものためのおもちゃって、やっぱり、木や布みたいに、心のこもった手づくりのものがいいんでしょ?」って。
なので、今日は「心のこもったおもちゃ」って一体何なのさ、という話をしようと思います。
プラスチック製品の作り方
プラスチック製品をどんな風に作るのか、知っているでしょうか?
大雑把に言えば、「鯛焼き」をイメージして頂くと分かりやすいかと思います。鯛焼きの形をした金属製の型に、タネを流し込んで、型通りの「鯛焼き」ができるのと同じように、プラスチック製品を作る時に欠かせないのが、「金型」です。作りたいものの形にくりぬかれた鉄の塊です。
この「金型」の中に、高温で溶かしたドロドロのプラスチックを流し、冷えて固まったものがプラスチック製品になるのです。
金型は図面通りに機械で削った後、磨き、という作業があります。プラスチックの表面を触るとつるつるしているように、金型の内側もつるつるに磨く必要があります。鉄に鏡面のように顔が映るくらいに、ぴかぴかに磨くのです。(2000年前半の話です。最新の製造状況は知りませんが。)
初めての工場出張で観たもの
さて。
企画開発の仕事を始めて、2年目の夏、自分の担当商品の金型を起こすという経験に合わせて、始めて工場に出張に行きました。出張とは言っても上司と一緒で、工場の現場を見せておこう、という半分研修みたいなものです。行先は深圳。
工場は金型を作っている途中で、金型の最終チェックをして、生産スタートをお願いするまでが、出張中の目的でした。
ちょうど、一番大きな金型の磨きの作業中でした。
「磨き」という工程があることは、もちろん知っていました。そこに3日くらいかけることも。
でも、実際に目にしたのは初めてでした。
まだ若い工員さんが、雑巾で、ごしごしと磨いていました。
まさに手作業でした。機械で削った鉄の、粗い切り口を、専用の器具でもなく、雑巾で磨き上げるのです。鏡みたいになるまで。
「木や布のおもちゃは作り手の心がこもっているけれど、プラスチックの大量生産のおもちゃじゃねぇ?」と思っていた自分を、恥じました。
目の前に、まさに、手作りと言っていいくらいに自分の手を使って、おもちゃを作る工程に携わってくれる人がいるのに。
そもそも、自分の企画したおもちゃじゃないか。心をこめて、子どもたちのことを思い浮かべながら企画したおもちゃじゃないか。・・・そう、気づいたのです。
心がこもったものがいい、って言うけれど
材質が何であろうと、大量生産であろうと一点ものだろうと、そこには必ず作り手がいます。そして、作り手の想いがあります。大量生産だから、心をこめるところに手を抜く訳じゃないし、生産した数だけ心が薄まる訳でもありません。
今は、自信を持ってそう言えるようになりました。
おもちゃに心がこもっているかどうか、という話をするならば、大事なのは、選ぶ人や使う人が、その心を感じるかどうかです。
そのモノを、自分がなぜ選んだのか、どういうところが気に入ったのか、何に使いたいと思ったのか、そんな風に意識的に選べば、気づかないうちに、作り手の想いを、ちゃんと受け取っているはずです。
正直に言えば、私は、プラスチックのおもちゃよりも、木のおもちゃの方が好きです。ごく幼い子どもが初めて手に触れ素材としては、木の質感が好ましいなぁと思っています。これは私のごく個人的な好みの話です。
おもちゃの中には、プラスチックであることに意味があるものもあります。かっちりとはまるブロックはプラスチックだからこそだし、透明プラスチックでできた構成おもちゃは、中の構造が見える、という魅力があります。
大量生産だから価値が下がる訳でもないし、プラスチックだから子どもにふさわしくないのでもない。むしろ、もし使う人が「どうせ大量生産のおもちゃだから、壊れてもまた買えば大丈夫」なんて気持ちを持ってしまうとしたら、その気持ちこそが、おもちゃをつまらないものにしていると思います。
「きみはプレミアムトイじゃない。みんなに愛される普通のおもちゃなんだ」・・・玩具メーカーで働いていた頃、映画(トイストーリーです)の、このセリフを、私はとても大事にしていました。
誰にでも手の届くおもちゃを作り、誰にでも「こんな風に楽しく過ごしてもらいたい」という想いを伝えられる、〈普通のおもちゃ〉を作ることのできる自分の仕事に誇りを持とうと。
だから、保護者の方たちにお伝えしたいのは、どんなおもちゃにも心がこもっているよ、ということです。〈心のこもったおもちゃ〉を探すのではなく、〈共感できる心をもったおもちゃ〉を探すと、いいと思います。
共感できる心を持ったおもちゃに出合うことができたら、私もとても嬉しいです。