「手放す」ために「守る」

白いシャツ

働く母親向けのプログラムでお伝えしているメッセージの1つに

「手放す」ことがあります。

自分にとって本当に大切なもの、こだわりたいもの、時間をかけたいものを活かすために

優先順位の低いものは、手放してみよう、というメッセージです。

 

でも、手放すことって勇気がいります。

仕事も、家事も、子育ても・・・みんなみんな完璧にこなすのが良し、と

いつしか、心のどこかで思ってしまっているのです。

 

だから、手放すって、「お皿洗わなくてもいいよ」じゃなくて

「お皿洗いは食洗機さんに任せてもいいよ」ってことで

「何もかも、自分がやらなくてもいいってこと」と言うのですが

でも、何か心理的な抵抗がある方はまだまだ多いです。

「全てのことを」「自分ひとりで」「完璧に」やりとげることが素晴らしいって価値観が

何かにインプットされていて、他のものに頼ることに、どこか罪悪感があるようなのです。

家庭用のレトルト調味料を、「そのまま食べられる」ものではなく

何か素材(野菜1品とか豆腐とか)は自分で用意する形にしたら

主婦層からの売り上げが激増した、という話も、似たような心理が働いているのでしょう。

 

 

だから、「手放すことを決めよう」ってお話をする時は、

逆に「これだけはゆずらない」ってものを決めると少し心が軽くなるかも、と

お伝えしています。

平日はスピード重視だけど、週末は30品目摂ってます、とか。

(この30品目が、人によっては、一汁三菜だったり、親子で調理だったり

自分が、「これはちゃんとやってる」って思えれば、まぁ何でもいい訳です。)

 

新卒の頃、1年間だけ、昔ながらの制服のある部署にいたことがありました。

ベストとスカート(またはパンツ)が貸与される形です。

何を着て行っても、どうせ制服に着替えるし・・・と思うと、

洋服選びにも気合が入らなくなり、その気合の入らなさって、全身にも伝わり

なんだか、鏡の中の自分からどうでもいい感じが漂いはじめました。

これはいかん、と思い立ち、

気合が入らなくてもいいけど、ぴっちりアイロンをかけたシャツだけは

必ず欠かさずにいよう、と決めました。

 

今も、全身を完璧に決める余裕はないからこそ

「シャツにアイロン」だけは大事にしています。

手放すからこそ、逆に「これだけは大事にする」って思えるものを持つこと。

それが、自分を安心させてくれると思うのです。